(第20回全国学校保健・学校医大会「第1分科会【1】」抄録)

井原市における小児成人病予防検診について

井原医師会  高木 茂

  [1]はじめに
     成人病の予防、なかでも虚血性心疾患の予防は小児期から開始すべきであることがアメリカでは以前から提唱されていたが、近年、わが国でも動脈硬化の発生・進展は既に小児期から始まっていることが明らかにされたl)。また一方では、食生活の欧米化や生活環境の急速な変化に伴い、肥満や高脂血症、高血圧などの危険因子を持つ子どもが増えていることが報告されるようになり2) 3) 4)、学絞保健上大きな問題となっている。
 更に最近では、成人病予防の観点から、これらの健康障害を成人期まで持ち込まないように小児期からの生活指導・健康管理の重要性が認識されるようになってきている。
 こういった状況から、わが国でも昭和57年より日本学校保健会の中に脂質代謝小委員会が発足し、これらの問題を如何に取り扱うべきか、その具体的な方策についての検討が行なわれ、昭和62年に予防医学事業中央会から「小児成人病予防検診システム」(案)が示された。
 そして同年、全国10地区で1万1千人余りの小・中・高校生を対象に、このシステムによる検診が試行され、井原市でも小学校、中学校の各1校がこれに参加した。その結果、総コレステロールが 200mg/dl 以上の高値を示す子どもが小学生で 19.0% 、中学生で 8.9% と全国的にみても高いレベルにあることが判明し、市当局を始め医師会関係者の関心を集め、昭和63年度から小学校4年生、中学校1年生の希望者を対象に公費で検診を実施することに踏み切った。
 更に井原市では、これらの検査データと、子ども達の白常の生活習慣・食生活についてのアンケート調査をもとに若干の検討を試みたので報告する。

     
  [2]対象と検診方法
     対象は市内の小学校4年生、中学校1年生の希望者全員で、その人数は小学生474名、中学生562名の合計 1,036名であった。その内訳、受診率は表1の通りである。
 検診時期は昭和62年11月21日から12月8日にかけて実施し、採血は朝食の影響を考慮して午前10時から12時30分迄に行なった。
 検査項目は表2のように、家族歴の調査、身体計測による肥満度の算出、血液検査(総コレステロール、中性脂肪、HDL- コレステロール)、動脈硬化指数(Atherogenic Index : AI)の算出、検尿を全員に実施し、家族歴の調査を除く全ての検査を岡山県予防医学協会に委託した。
 血圧、血清脂質の判定基準は、子どもの場合まだ決まっていないため、表3のように予防医学事業中央会の小児成人病予防検診管理スコア(案)に示された基準値に従い、また総合判定は各危険因子別管理スコアの合計点により、表4の管理区分に沿って判定を行なった。
(注1. 祖父母の家族歴は、1人の疾患として扱う。注2. 1人が2つ以上の疾患を持っている場合、スコアの高い疾患のみを扱う。 注3. 喫煙習慣、A型行動様式は調査が困難なため判定から除外した。)

     
  [3]検診結果
   

(1) 各検査項目別の有所見者の頻度
 各検査項目別の有所見者の頻度は表5のように多少の男女差はみられたが、小学校4年生で最も多かったのが総コレステロールの高い者で、続いて家族歴を有する者、肥満児、動脈硬化指数の高い者、中性脂肪の高い者、総コレステロールの低い者、血圧の高い者の順で、糖尿病はなかった。
 また中学校1年生では、家族歴を有する者が最も多く、続いて動脈硬化指数の高い者、中性脂肪の高い者、総コレステロールの高い者、肥満児、総コレステロールの低い者、血圧の高い者の順で、糖尿病はなかった。

(2) 管理区分別の頻度
 管理区分別の頻度は表6のように、小学校4年生で医学的管理が必要な者は極めて少なく、過半数の者は正常であった。また、中学校1年生でも同様の結果を得た。

(3) 有所見者別、管理区分別頻度の全国平均との比較
 一昨年、予防医学事業中央会が全国10地区で実施した成績と今回の井原市の成績とを学年別に比較してみると、有所見者の頻度は表7のように、小学校4年生では有所見者、高コレステロール血症が全国レベルをやや上回っており、中学校1年生でも同じ傾向であった。これに対し、家族歴を有する者が全国的にみても非常に少なかった。
 管理区分別の頻度では表8のように、小学校4年生で要医学的管理、要経過観察、要生活指導者の頻度がわずかに全国平均を上回っていたのに対し、中学校1年生では要経過観察、要生活指導者がやや全国レベルを上回っていた。

     
  [4]検査成績をもとに各種平均値の比較
    (1) 各検査成績の性差、年令差について
 各検査データの学年別、怯別の平均値は表9の通りである。これらのデータをもとに性差、成長に伴う年令差について検討を行なった。
 性差についてみると、表9のように小学校4年生では、HDL- コレステロールは男子が高く、動脈硬化指数は女子が有意に高かったのに対し、中学校1年生では肥満度、収縮期血圧は男子が高く、総コレステロールは女子が有意に高かった。
 次に、これらの検査データが成長に伴ってどのように変化するかをみるために、男女別に小学校4年生と中学校1年生の各検査成績を比較してみた。男子では小4から中1に成長するに伴って、血圧、動脈硬化指数はともに高くなり、逆に、総コレステロール、HDL- コレステロールは有意に低下したが、中性脂肪には明らかな差は認められなかった。また一方、女子でも男子とほぼ同様の傾向がみられたが、女子では中性脂肪が高くなり、動脈硬化指数には有意差が認められなかった。

(2) 肥満が血圧、血清脂質に及ぼす影響について
 肥満度が ±20% 未満と+20% 以上の2つのグループに分け、血圧、血清脂質に差があるかを検討した。小学校4年生の男子では、肥満者に収縮期血圧、動脈硬化指数が有意に高かったのに対し、逆にHDL- コレステロールは低かった。また小学校4年生の女子では、肥満者に総コレステロール、中性脂肪、動脈硬化指数が高く、血圧には差が認められなかった。
 これを男女合わせた全体でみると、表10 のように小学校4年生では、肥満者は非肥満者に比べ、収縮期血圧、中性脂肪、動脈硬化指数が高く、逆にHDL- コレステロールは低かった。また、中学校1年生でもほぼ同様の結果を得た。
 肥満と総コレステロールとの関係について、小学校4年生女子の肥満者に有意に高かったのに対し、その他の者については肥満者に高い傾向はみられたが、有意差は認められなかった。
 そこで、肥満者と非肥満者の中に総コレステロールが 200mg/dl 以上の高い者の占める割合についてみると、図1に示すように小学校4年生では、肥満者の中に占める割合が 25.9% であったのに対し、非肥満者では 15.5% と少なかった。同様に中学校1年生でも、肥満者の中に占める割合が 15.2% であったのに対し、非肥満者では 8.0% であった。

(3) 家族歴の有無よりみた比較
 二親等以内に虚血性心疾患や脳卒中の家族歴の有無により、両者の問で血圧、血清脂質に差があるかを検討したが、小学校4年生全体では両者の問に差がみられなかった。
 また中学校1年生の男子では、家族歴を有する者の方が総コレステロールの平均値で 10.7mg/dl 、1% の有意差で低く、家族歴の内訳は表11 の通りであった。その背景については、食生活などによる差が大きな要因と考えられるが、追跡調査は行なっていない。これに対し、中学校1年生の女子では差が認められなかった。

(4) 運動能力別、体力別にみた血圧、血清脂質の比較
 中学校1年生で実施している運動能力テスト(50m 走、走り幅とび、ハンドポール投げ、斜懸垂、持久走)、体力診断テスト(反復横とび、垂直とび、背筋力、握力、伏臥上体そらし、立位体前屈、踏台昇降運動)の得点の高い者から順に、ほぼ同数になるようにA、B、Cの3つのグループに分け、運動能力、体力と身長、肥満度、血圧、血清脂質の関係について検討を行なった。
 その結果、図2のように中学校1年生の男子で運動能力の優れているA群の血圧は収縮期、拡張期ともは収縮期、拡張期ともB、C群より有意に高かった。一般に血圧は、体質や環境因子によって影響を受け、更に適度な運動により低下することが知られている。運動能力の高得点者が必ずしも日常よく運動をしているとは限らないが、少なくともB、C群よりは運動をよくしている可能性は高いと考えられる。
 この点について、図2でも明らかなように、運動能力の優れている者は身長も高く、テストを受けた 274名の収縮期血圧と身長との相関係数は r=0.41 と高い相関が認められた。
 またA群の血清脂質は、C群に比べ総コレステロール値が低く、従って動脈硬化指数も有意に低かった。運動能力の高得点者は、平均値でみる限りでは、身長が高く均整のとれた体格をしていた。
 一方、体力診断テストについてみると、A群はB、C群に比べ、身長、収縮期血圧ともに有意に高かったが、血清脂質には明らかな差が認められなかった。
 中学校1年生の女子でも男子と同様に、運動能力別、体力別に3つのグループに分け、肥満度、血圧、血清脂質について比較してみた。
 運動能力の優れているA群では、C群に比べ肥満度、総コレステロールは有意に低かったが、血圧、中性脂肪、HDL- コレステロール、動脈硬化指数はA、B、C群の問に明らかな差は認められなかった。
 体力別の比較では、A群の肥満度はB、C群に比べ有意に高かった。またA群の中性脂肪はB群に比べ高く、C群はB群に比べ有意に高い結果を得た。血圧、総コレステロール、HDL- コレステロール、動脈硬化指数ではA、B、C群の問に明らかな差が認められなかった。

     
  [5]アンケート調査による比較
     検診と同時に実施したアンケート調査をもとに、子どもが持っている危険因子の中でも特に多い肥満や高コレステロール血症について、日常の生活習慣・食生活とどのように関わっているのか検討を試みたが、その殆どのものに有意差は認められなかった。(以下興味あるデータについてのみ記載する。)
 朝食のとり方についてみると、毎日欠食をする者が小学校4年生の男子で 2.5% 、女子で 3.5% あり、週2〜3回程度欠食をする者が男子で 8.6% 、女子で 9.1% いた。これを合わせると男子の 11.1% 、女子の 12.6% が規則正しい朝食のとり方をしていなかった。図3のように、男女とも時々欠食をする者は、毎日朝食をとる者に比べ、明らかに肥満度が高いことが判明した。また小学校4年生の男子では、毎朝欠食をする者は、毎日朝食をとる者に比べ、明らかにHDL- コレステロールが低かった。毎日ある程度以上の運動を行なうと、HDL- コレステロールが上昇することが知られており、毎朝欠食をするような者は、日頃の運動も余り活発ではないものと想像される。このように、子ども達の悪い生活習慣が、意外な面にまで影響を及ばしていた。
 また中学校1年生では、毎朝欠食する者が男子で 5.9% 、女子で 3.5% 、時々欠食をする者が男子で 10.3% 、女子で 13.6% もいたが、血圧、血清脂質ともに毎日朝食をとる者との問に有意差は認められなかった。
 片道の通学時間についてみると、図4のように 60分位・20 〜 30分位・5〜 10分位の3つのグループに分けて検討した。小学校4年生の女子では、片道 60分位の者は5〜 10分位の者に比べ、血圧には差が認められなかったが、中性脂肪、動脈硬化指数は明らかに低く、HDL- コレステロールは高かった。小学校4年生の男子では、各通学時間別の問に有意差は認められなかった。
 一方、中学校1年生の遠距離者には自転車通学が認められているなど、通学様式は異なるが、女子では図5のように片道 30分以上の者は5〜 20分位の者に比べ、総コレステロールの平均値で 7.9mg/dl 、5% の有意差で高かったが、HDL- コレステロールは平均値で 4.9mg/dl 、0.1% の有意差で高く、従って動脈硬化指数は片道 30分以上の者に低い傾向がみられた。また男子の総コレステロール、HDL- コレステロールには、通学時間による差は認められなかった。
 中学校1年生の部活についてみると、図6のように女子で部活をしている者は、していない者に比べ血圧は収縮期、拡張期とも有意に低かったが、肥満度、血清脂質には差が認められなかった。また男子では肥満度、血圧、血清脂質について両者の問に差が認められなかった。
 下校後の遊びについて、小学校4年生で戸外でジョギング、サッカー、縄とびなど比較的激しい運動を1時間半以上して遊ぶ者と、主として室内だけで遊ぶ者を比較してみたが、血圧、血清脂質ともに両者の問に差が認められなかった。また中学校1年生では、下校後塾通いなどで戸外で遊ぶ者は殆どいなかった。
 このように幾ら激しい運動をして遊ぶといっても、思い出したようにやったのでは効果が少なく、通学、部活などのような毎日一定時間以上継続して行なうような運動が、血圧、血清脂質の改善には如何に必要であるかを示唆しているデータであると考えられる。
 子どもの総コレステロールが高くなった背景には、体質や食生活、運動など多くの因子が関与しており、単一の因子だけでは明らかな差は余り見いだせなかった。そこで、小学校4年生に日常の食生活の中から好きな食品、嫌いな食品を3品目ずっ選ばせ、総コレステロールの高い者と低い者で食生活に差があるかを調査した。総コレステロールの高い順に男女とも 25名ずつ計50名についてみると、表12 のように高い者の好きな食品はカレーライス、ラーメン、鶏の唐揚げ、ハンバーグ、シチューなど動物性脂肪に富んだ食品が上位を占め、嫌いな食品は魚料理、ほうれん草の胡麻あえ、五目豆、里芋の煮ころがし、野菜炒めの順であった。
 一方、総コレステロールの低い者の好きな食品、嫌いな食品も高い者と全く同じ傾向であった。また中学校1年生でも同様の傾向がみられた。
 今の子ども達のコレステロールの高くなった最も大きな原因は、こうした偏食によるものではなかろうか。

     
  [6]まとめ
     近年、肥満児や高コレステロール児などの成人病予備軍が増加しているという報告は多いが、今回示された「小児成人病予防検診システム」による検診の報告はまだ見当たらない。
 井原市では、このシステムによる検診を実施し、検査データやアンケート調査をもとに統計的処理を試み、次のような結果を得た。

(1) 危険因子別にみると、小学4年生では総コレステロールの高い者、家族歴を有する者、肥満児、動脈硬化指数の高い者が多く、中学1年生では家族歴を有する者、動脈硬化指数の高い者、中性脂肪の高い者、総コレステロールの高い者が多かった。
 管理区分別にみると、小学4年生、中学1年生とも医学的管理を要する者は1% 前後で、過半数の者は正常であった。

(2) 肥満者は非肥満者に比べ小学4年生、中学1年生ともに血圧、動脈硬化指数が高く、HDL- コレステロールは有意に低下していた。また総コレステロールは、肥満者に高い傾向はみられたが、有意差は殆ど認められなかった。しかし、総コレステロールが 200mg/dl 以上の者の占める割合は、肥満者では非肥満者に比べ約2倍程度高率に認められた。

(3) 子どもの血圧、血清脂質には性差、年令差がみられ、小学4年生の HDL- コレステロールは男子が高く、また動脈硬化指数は女子が高かった。中学1年生では肥満度、収縮期血圧は男子が高く、総コレステロールは女子が高かった。
 また小4から中1へと成長するにつれ、男女とも血圧は高くなるが、逆に総コレステロール、HDL- コレステロールは低下し、更に男子では動脈硬化指数の上昇が認められた。

(4) 中学1年生の男子で運動能力、体力の優れている者は、身長、血圧ともに高く、収縮期血圧と身長との問には高い相関が認められ、血圧の差は身長差によるものと考えられる。
 また女子の運動能力別、体力別による比較では、血圧に差が認められなかった。

(5) アンケート調査では、小学4年生で時々朝食をとらない者は、毎日朝食をとる者に比べ、明らかに肥満度が高かった。また小学4年生の男子では、毎朝欠食する者にHDL- コレステロールの低下が認められた。

(6) 運動の血圧、血清脂質に及ぼす影響については、思い出したように激しい運動をしても効果は少なく、通学、部活などのような毎日決まった運動を一定時間以上行なっている者には良い影響がみられた。

(7) 子どもの総コレステロールが高くなった背景には、動物性脂肪に富んだ食品ばかりを好み、魚・野菜料理が嫌いといった偏食が関係しているものと考えられる。

     
  文  献
1)田中健蔵ほか:小児・若年者の動脈硬化に関する病理学的研究.昭和55年度循環器病研究委託費による研究報告、
   16:35〜42、1981
2)薮内百治ほか:日本医師会雑誌、95:1727、1986
3)貴田嘉一:日本医師会雑誌、95:1732、1986
4)塩田康夫ほか:日本医師会雑誌、95:1741、1986



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