第11話  電子カルテの闇

<この稿は題名を変えて、『メディカル朝日』2001年3月号、「異見・医見」欄に掲載されたものです。本稿の全部または一部を許可なく無断転載、コピー、修正しないでください>


 電子カルテを想うとき、筆者は『アンナ・カレーニナ』(トルストイ)の冒頭部分「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」(中村融訳、岩波文庫)を思い出す。つまり「患者と医療に携わるもの全てを満足させる究極の電子カルテは、きっとどれも似たようなもので権力による干渉も規制も少なくて国民を幸福にするであろうが、現在様々に販売され、あるいは紹介されている電子カルテらしきものは、いずれもそれぞれに欠点をもっており、きっと多種多様のつまずきと不幸をもたらすように思われる」と筆者は言いたいのである。

 先ずは入力の問題。患者に関するあらゆるデータを誰がいつ、どこで、どのように快適に入力するのか。もうここで最初のつまずきがはじまる。基本的なキーボード入力さえままならない現状だ。医師が患者を診察しながら入力する。冗談ではない。そんなことをやってたら患者の体に触れるヒマがなくなってしまう。我々第一線開業医にキーボード入力の時間はないのだ。ナースが病室回りに携帯マシンを携えてゆく。馬鹿なはなしだ。患者を横目に体温、脈拍、血圧その他バイタルサインや訴えをコンピュータに入力するナースの姿に、一体誰が看護の満足を感じるのか。

 一年余り前に「診療録の電子保存」についての厚生省通知がでた。この一連の通知は規制緩和の一環だと書いてある。微に入り細を穿つように書かれたこの冗長な通知は、個々の医療機関に運用規定の作成まで義務付けている。これがなぜ規制緩和の一環になるのか、筆者には1999年最後の悪い冗談にしか思えなかった。ざっと目を通してみると以下の5項目が(至極当然だが)必須らしい。
  1. 真正性
  2. 見読性
  3. 保存性
  4. 安全性
  5. 個人情報保護

 ところで、一例だがフォトショップという画像処理ツールがある。画像に対して何でもできる。例えば、一枚の胸部レ線に、勝手な陰影を付けたり消したりなんでもできる。これだけのことで電子カルテ構想は消滅の危機に瀕する。つまり、ここの最初の真正性のところで、もうすでにつまずきの二つ目が始まっているのである。さらにオーダーした検査データの結果はどんなに急いだってリアルタイムには返って来ない。後で書き込み、それに対するコメントも当然あとから書き加える。これが真正性を疑われる(改竄されたとみなされる)原因となる可能性すらある。加筆も訂正も改竄もコンピュータでは同じ次元のことである。一体どうやって区別させるのか。不可能である。尤も過大な投資と徹底的な統制をもってすればできないことはないという輩の声が聞こえそうだ。しかしだれが追随するのか、筆者には嘲笑をもって対処するしかない。 さらにコンピュータは「何でもあり」というマシン。つまりコンピュータ通信に安全性やプライバシー保護を求めるのは幻想に近い。膨大な資金を次ぎ込んでもなお完全であることは到底期待できないだろう。ここに筆者は第三、第四の蹉跌をみるのである。

 電子カルテは情報公開、カルテ開示とともに脚光を浴びてきた。しかし情報公開という耳障りのいい言葉の裏で一体どういう底意がうごめいているのだろう。結局のところ一体誰が、全く同じフォーマットのどうにでも加工可能なディジタル情報(電子カルテ)を欲しがっているのか。 一体なにものが「この項目に、義務として・・・という入力をしなければならない。ちゃんと入力してあれば・・・点を与える」などという医師の裁量権の規制や統制を狙っているのか。筆者はこれらの怪しい企みを含んでいるかもしれないような電子カルテなるものが民主イデオロギー(空論)の殆うい部分を、検証するひまも与えず歯止めなく激しく噴出させる原因になってしまうことを危惧しているのだ。

 我々医療に携わるものは、真剣に発想豊かに先の先を見越さなければならない。怪しい民主勢力や国家権力が微細にわたって介入した電子カルテ(「不幸な電子カルテ」と呼ぼう)は、必ず我々医療人の高邁で廉直であるはずの資質を責任逃れの項目入力で引っ掻きまわすに決まっている。医師は問診すべき事を忘れたり、重大な所見を見逃したり、「不幸な電子カルテ」の項目を埋めるだけで多くの貴重な時間を無駄に失ってしまうことになるだろう。

 今まさにこの時も浅知恵の医師と儲け至上主義の業者が画策して、悪賢い闇の仕掛け人の口車と補助金投入につられて「不幸な電子カルテ」の構想を練っているのかもしれない。考えただけでも身震いする事態である。筆者は、天に唾し必ずや自分たちの首を絞める事態に陥り、ひいては国民(患者)に種々のつまずきと不幸をもたらすような「不幸な電子カルテ」なぞ絶対に開発してはならないと確信を持って思っている。

H13年1月28日 鳥越恵治郎 


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