第9話:「電子カルテを実現させるために」


世の中、電子カルテ(電子媒体により記録された診療録)で大いに盛り上がっている。しかし、筆者は21年間のコンピュータとの付き合いのなかで、電子カルテなぞ幻想あるいは荒唐無稽にしか思えない。紙のカルテを一切必要としなくなる究極の電子カルテは、今の医師と医療を呪縛する各種の法の元では不可能だろう。

それでも筆者は究極の電子カルテを夢想したい。眼前に横たわる幾多の難関を脳裏に浮かべながら・・・。

以下は筆者が日頃つれづれなるままに考えていることどもである。電子カルテの構想、導入の一助になれば幸いである。

 A. コンピュータの機能
     1. 演算:計算、検索、並べ換え(ソーティング)、画像圧縮、画面表示、データ解析(分析)等
     2. 記憶:保存、データベース作成等
     3. 通信:LAN、WAN等(イントラネット、インターネット等)
B. 電子カルテを目指して  1. 予め知っておくべき大前提   イ. 頭の中に希望のシステム(電子カルテ)の意義と全貌とが描けなければはじまらない。    ・とりあえず構想ができる範囲内でシステム構築を実践する。    ・既成の融通性のない押しつけの「電子カルテ」は全く役立たないと考えていいだろう。使用者の注文に     細かく応じて変更、追加が可能なツールでないと実用的でない。そのためにも電子カルテに対する豊か     な発想が必要。   ロ. 熱意、勇気、努力、忍耐、持続力、闘争心が絶対に必要。    完成したら楽ができると決して思わない事。楽ができる様な気分になれるだけである。結局コンピュータ    は、必ずしも生産性を上げないかもしれない(注記参照)。    ついでに言えば、電子カルテは果てしない追求を強いるだろう。部分的には完成しても次から次に、新た    な希望や構想が湧いてくる。   ハ. 弱気や諦めは敗北である。    医療の効率をできる限り高める為の戦争であることを承知、再認識する。医療に関わっている皆が団結し    て目的に向かって知恵を出し合い、各自の能力と限界を知りつつ長期にわたって粘り強く、辛抱強く関わ    って行かなければならない。   ニ. できることから片付ける。    結局は部分的なものの積み重ねである。現行の曖昧で非効率な作業の中から、高い生産性や効率が予想さ    れる部分を抽出し、それをどのようにコンピュータにやらせるかを随時考えてゆく。ただし大所高所から    全てを統括できる指揮官の存在が必要。   ホ. コンピュータは何でもできるという幻想を抱かない。     コンピュータに任せられることと、任せられない事を知る。   ヘ. コンピュータはマネー・ピット(金食い虫)である。     一昔前より大分安くなったが、それでもやはりマネー・ピットであることに変わりはない。   ト. データやアルゴリズムを間違えると、訂正するのは不可能に近いことを常に忘れないでおく。   チ. コンピュータは機械である。壊れて一瞬のうちに貴重なデータが消滅することがしばしば起こる。    (壊れ得るものは必ず壊れる)壊れたシステムを修復、再構築するのに丸一日、あるいは数日間の無駄な時     間を消費しなければならないという覚悟が必要。
 2. 電子カルテの目指すもの   イ. 医療事務の効率を高める。   ロ. 診療業務の効率を高める。    ・診察(予診、問診、診察、診断、データベース検索、紹介等)    ・治療(入院、外来、各種モニタ、リハビリ、各種指導等)    ・検査(血液検査、単純レ線、CT、MRI、心電図、エコー他)    ・薬局(薬剤管理、投薬等)    ・給食    ・院内相互の通信および外部との通信    ・その他   ハ. 病院の維持・保守・用度等の効率を高める。   ニ. 人間ドックへの応用   ホ. 医学研究・学会発表等への利用、データの蓄積・保存・解析・検索   ヘ. 診療情報提供、カルテ開示への対応   ト. その他
C.コンピュータによる診療支援(電子カルテ利用)の問題点  1. コンピュータを利用することの問題点(文末の表を参照)   レセコンや心電図自動解析の成功がそのまま電子カルテに通用しないことを認識する。  2. その他の問題点   イ. コンピュータの基礎的な知識がないとごまかされる。ハードを不当に高く売り付けられる。在庫一掃の標     的にされる(可能性がある)。   ロ. 生半可な知識では先に進めない。半端な知識は構想倒れの元凶。     それぞれの業務の専門家が、コンピュータの機能に関して熟知している必要がある。   ハ. 種々の法的規制の為に、二重手間を余儀なくさせられる。     真正性の確保、見読性の確保、保存性の確保が必要   ニ. プライバシー確保、データの保護(セキュリティ)に関する諸問題     コンピュータは原則「なんでもあり」である。この問題についてはかなり多目の投資を覚悟しておく必     要がある。   ホ. 全体のコストパフォーマンスが、必ずしも良くなるとは限らない。     特に初めのうちは必ず仕事量が増加する。ここを乗り切るためには将来を見据えた豊かな発想と経済的     忍耐が必要。   ヘ. 配置替えは不可能である。     人間なら一時的に業務外の仕事に従事できるが、コンピュータは融通がきかない。これは想像以上に重     大な欠点である。   ト. 医療への行政介入、国家統制の更なる強化     度重なる通達や通知による規制強化。     また規制を強化するための体のいいデータベースとなりうる危険性。

注記:「コンピュータで生産性は上がらない」
    (W.W.ギブス、日経サイエンス、1997年10月号、20〜31ページ)は参考になる。

平成11年12月10日 鳥越恵治郎記