ご挨拶

 ある日突然「医師会長」という大役が回ってまいりました。すぐに思ったことは大きな災いが降りかかって来たということでした。これから2年、自分はどのような人生観・人間観のもとに「ひとが先自分はあと」を医師会長という立場で実践して行けばいいのか日々考え続けています。 寺田寅彦は随筆『子猫』(小宮豊隆編『寺田寅彦随筆集』第二巻)のなかでこう書いています。

私は猫に対して感ずるような純粋なあたたかい愛情を人間に対していだく事のできないのを残念に思う。そういう事が可能になるためには私は人間より一段高い存在になる必要があるかもしれない。それはとてもできそうもないし、かりにそれができたとした時に私はおそらく超人の孤独と悲哀を感じなければなるまい。
凡人の私はやはり子猫でもかわいがって、そして人間は人間として尊敬し親しみ恐れはばかりあるいは憎むよりほかはないかもしれない。

 猫に高度な理性や倫理観があるのかどうか私にはわかりませんが人間のことはほんのわずかですがわかるように思います。すなわちヒトという動物は「基本的に性悪」で「悪教育または自由放任の下では悪魔になって」「カネのためならば人殺しさえ厭わない」で「平気で戦争や暴力闘争をしかけるほどに残酷」で「自分を守るためならいとも簡単にウソをつき、失敗を他者のせいにしてはばからず」「義務を果たすことには全く無頓着で、それが無理・無謀であっても権利だけは声高に叫びつつひたすら要求し」「自分の出世のためには、あらゆる手段をもって狡猾・卑怯に振る舞う」というような最も危険な本能的性癖を持った動物だろうと考えています。しかもそう考えられても仕方がないようなことを無限にやってきたのが人類の歴史だともいえます。なかでも最悪なのが原子爆弾と原子力発電でしょう。そして私はつらつらと考えます。「私は人間の一人だからこのおぞましい本能を押さえ込むにはどうしたらいいのか」と。
 その答はおそらく『子猫』にもどるのでしょう。高度な理性と知性を備えた超人には私は絶対になれません。結局私という人間は自然の一員として、ごく平凡に普通に自然に無理なく天の命ずるままに会長職をこなしてゆくしかないのです。そこで次の言葉を思い起こします。

 災難に逢ふ時節には災難に逢ふがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候。(良寛)

 このたび井原医師会長を拝命し、それを奇貨として自由を侵食し脅かす全てのものに若干の抵抗を試みることにしました。皆様どうぞよろしくお願い申し上げます。

平成24年3月27日 鳥越恵治郎

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